history

山十の歴史

創業期〜戦後

時代のトピック

1901年(明治34年):官営八幡製鐵所が操業開始

1903明治36年
創業者 吉田六彦

山十の原点となる「山彦」を創業

1903年(明治36年):上野焼を家業とする吉田家15代目藤右衛門(通称・彦六)の次男吉田六彦が貧しい暮らしの中、母と2人で陶器の小売店を始めました。
屋号は「山彦」。これが山十の原点です。
資力も信用もない14歳の少年でしたが、ほどなく34軒の得意先を持つまでに商売を広げていきました。

屋号となった「山彦」の由来

幼くして一家の担い手となった創業者 吉田六彦(むつひこ)は、商売人としての陶器の行商をはじめの一歩として踏み出したものの、その若さゆえ、幾度となく壁にぶつかり、悔しさを味わい、挫折もし、そのような時にたびたび訪れたのが地元小倉の「足立山」でした。
若き経営者が、時に自らを奮い立たせるように、山に向かって声を上げると、山はその思いに応えるかのように「やまびこ」となって返してきます。
その堂々たる姿、雄々しい様、それは創業者の胸を打ち、やがて憧れとなっていきました。このように「山」には、創業者の格別な思いがあり、この「山」の字と自身の「彦」の字を合わせて、陶器の商店「山彦」が誕生しました。

小倉市民からは霧ヶ岳とも呼ばれる足立山
時代のトピック

1903年(明治36年):ライト兄弟が初の動力飛行成功

時代のトピック

1914年~1918年(大正3年~大正7年):第一次世界大戦

1921大正10年
山彦十合商店 商店内規

店名を「山彦」から「山彦十合商店」へ改名

1921年(大正10年):陶器を扱う商店から、板硝子、そして建築資材の取り扱いへと、商売を拡大していく過程において、社名もそれにふさわしく、山の十合目、すなわち頂上を目指すという意味合い、そして、山を十個合わせたように大きく発展するよう願いを込め、社名を「山彦十合商店」と改名しました。

1927昭和2年
小倉北区馬借町「硝子部洋館」

板硝子の販売を開始し、小倉の馬借町に三階建てビル「硝子部洋館」新築落成

1927年(昭和2年)、陶器販売に加えて「板硝子」の販売を開始。その2年後、1929年(昭和4年)に「硝子部洋館」は完成しました。「硝子部洋館」は当時町内一の高層建築物(高さ42尺=約12m)。
同時期、大阪「和井田商店」(後のワイダ株式会社)と契約を交わし、板硝子仕入の道を更に拡大しました。

1930昭和5年

法人化、そして硝子メーカー特約店へ

1930年(昭和5年)には社名を「山十合名会社」とし、法人化。代表社員には吉田六彦が就任し、旭硝子株式会社(現AGC株式会社)の優遇店となりました。

1932年(昭和7年)に旭硝子株式会社の特約店に昇格。
そして、1933年(昭和8年)には日本板硝子株式会社と特約店契約を結びました。旭硝子、日本板硝子の金看板を所持しているのは日本国内で5社のみです。

時代のトピック

1939年~1945年(昭和14年~昭和20年):第二次世界大戦
1942年(昭和17年):日本初の海底トンネル「関門鉄道トンネル」開通

1946昭和21年
戦時中の感謝状

終戦直後の混乱の中、山十合名会社を分社

一社を、主に陶器と建材を取り扱う「山彦報徳商事」
一社を、主に板硝子を取り扱う「山十合名会社」としました。

時代のトピック

1954年(昭和29年):日本が高度成長期に突入、経済大国へ

時代のトピック

1958年(昭和33年):関門国道トンネル(車道・歩行者用)開通

時代のトピック

1959年(昭和34年):小倉城の天守閣が再建

時代のトピック

1960年(昭和35年):カラーテレビ本放送開始(1960)

1963昭和38年
社是

創業者の他界と報徳思想を礎とする社是の制定

創業者・吉田六彦他界ののち、吉田和彦が「山十合名会社」の代表社員に就任。吉田和彦が報徳思想を礎とする「社是」を制定し、新たにこの年、第一期経営計画をスタートしました。

山十と報徳思想

13歳という若さで事業を興すこととなった六彦は、学業の機会を思うように得られないまま商いの道を歩みましたが、元来向学心旺盛な性格であり、商いに奔走し多くの知識を得る一方、僅かな時間に様々な書物を読みました。そのような中で出会ったのが、幼名の二宮金次郎で知られる江戸時代後期の農政家・思想家である二宮尊徳の教え「報徳思想」です。
人としての在り方や姿勢についての教えであり、商売においても通じるところが多かったことから、山十の社是は「報徳思想」を礎とした社是となりました。

1964昭和39年

御祖神社(足立山妙見宮)の参拝を社内行事に

創業者吉田六彦が他界した翌年、その誕生月の4月に創業記念日の行事をスタートし、現在に至るまで、式典と創業者の墓参、御祖神社(足立妙見宮)への参拝を続けています。

時代のトピック

1963年(昭和38年):2月10日、門司市、小倉市、若松市、八幡市、戸畑市が対等合併し、北九州市が誕生

時代のトピック

1964年(昭和39年):東京オリンピック開催、新幹線開業

高度経済成長期〜社名を山十株式会社に

1965昭和40年
小倉北区大手町 本社・倉庫

山十合名会社から「山十株式会社」へ組織変更、小倉北区に本社・倉庫を新築

1965年(昭和40年):山十合名会社を、「山十株式会社」として発足。それに伴い、吉田和彦が代表取締役に就任しました。

1966年(昭和41年):小倉北区大手町に本社・倉庫を新築。得意先を会員とする「硝十会(しょうじゅうかい)」を解散し、新たに「山十会」を発足しました。

時代のトピック

1969年(昭和44年):アポロ11号月面着陸(人類初の月面歩行)

1972昭和47年
優良申告法人 表敬状

小倉税務署より優良申告法人として認定

1972年(昭和47年):小倉税務署より優良申告法人として認定され表敬状を受けました。以降も、税務コンプライアンスの高さや、経営状態の安定性を評価され、2024年(令和6年)に10回目の表敬状を拝受しました。

1978年(昭和53年):小倉南区横代に建材部セメント部の事務所及び倉庫を新築。

時代のトピック

1973年(昭和48年):第一次オイルショック、高度経済成長の終焉

時代のトピック

1975年(昭和50年):小倉駅新幹線開業

1980昭和55年

山十創立50周年

1980年(昭和55年):昭和5年に山十の社名で合名会社として会社設立後、山十創立50周年を迎えました。

1982年(昭和57年):小倉南区横代 山十建材部隣に山十ショールーム新築。

1986年(昭和61年):福岡市博多区東光に山十福岡営業所を開設。

1987年(昭和62年):新生「山十会」発足。

1988年(昭和63年):東陶機器株式会社(現.TOTO株式会社)と特約店契約を結びました。

1989平成元年

時代は平成へ、世代交代と新社屋への移転

1989年(平成元年):社長交代により吉田和彦が取締役会長に就任し、吉田裕彦が代表取締役に就任。同年、旭硝子株式会社より優秀特約店として表彰されました。小倉南区横代のセメント部建物を取り壊し同区内に移転しました。

1990年(平成2年):本社ならびに倉庫を、小倉北区大手町より小倉南区横代のセメント部跡地に新築移転。2月より新社屋にて営業開始。

2001年(平成13年):小倉南区横代のセメント部、移転の為建物を解体。同南区内にセメント部を移転。

時代のトピック

1989年(昭和64年/平成元年):ベルリンの壁崩壊(冷戦終結)

21世紀型企業へ〜創業100周年

時代のトピック

1990年(平成2年):旧・八幡製鐵所跡地にスペースワールド開業、バブル経済崩壊

時代のトピック

1993年(平成5年):日本におけるインターネット商用利用(IIJ)開始

時代のトピック

1995年(平成7年):門司港レトログランドオープン

時代のトピック

2001年(平成13年):9.11同時多発テロ、北九州博覧祭開催

2003平成15年
創業100周年記念 本社前にて

創業100周年

2003年(平成15年):創業100周年を迎えました。

2009年(平成21年):大分県中津市下池永に中津営業所を開設。

2010年(平成22年):ホームページ開設 7月公開。福岡営業所を閉鎖。

時代のトピック

2006年(平成18年):北九州空港開港

時代のトピック

2008年(平成20年):リーマン・ショック、iPhone 3G発売(スマートフォン普及のきっかけ)

2011平成23年
社章や名刺の変遷

ロゴマークを一新~創業110周年

2011年(平成23年):コーポレートカラーをブルー系からグリーン系へ変更。ロゴマークを一新し、併せて本社玄関プレート、名刺、社章、会社案内等を新ロゴに統一しました。

2012年(平成24年):本社内に「MADOショップ 小倉横代インター店」オープン。一般消費者向けの事業を拡大しました。

2013年(平成25年):創業110周年。セメント部を小倉南区北方より、同区横代東町へ移転しました。

時代のトピック

2011年(平成23年):東日本大震災

2015平成27年
施工実績:KDビル

ビルサッシ事業着手~創業120周年

2015年(平成27年):新たな事業展開としてビルサッシ事業に着手。小倉駅南口のKDビルや小倉南図書館、桃園市民プールなど様々な建築物のビルサッシや窓ガラスを手掛けています。

2022年(令和4年):吉田達哉が代表取締役に就任。

2023年(令和5年):創業120周年を迎えました。第一次中期経営計画策定し、ブランドブックも策定しました。

2024年(令和6年):北九州市長、商工会議所会頭より長年の事業継続に対し、感謝状ならびに表彰状を授与いただきました。

時代のトピック

2017年(平成29年):スペースワールド閉園

時代のトピック

2020〜2023年(令和2〜5年):新型コロナウイルス地球規模流行

2025令和7年

Reブランディング~新生山十へ

2025年(令和7年):Reブランディングを行い、コーポレートサイトやロゴなど、コーポレイトコミュニケーションや社内外のツールを一新。パーパスなど策定、社会と企業など企業姿勢を再定義しました。

代表・吉田達哉のReブランディングへの想いは「山十宣言」をご覧ください。

Reブランディングのコアとなった窓事業の実績例

KDビル
小倉南図書館